ステージおきたま

劇団と農業と韓ドラと、そして、世の中に一言

ちょっと遅いけど

ポスター・チラシの原案、ちょっと難産だった。

田舎の小さな駅とその前におわす大神(狼)神社、

「笑いと愛のファンタジー」とかって、若いデザイナーさんには、イメージ結びにくかったかな。あれこれやりとりしてやっと仕上がった。

大らかで長閑で、いいんじゃないの、作品の雰囲気をよく表してると思うよ。

 

山並みの上に伸びあがる雲のオオカミ、そう、この土地全体を従え見守る存在だ。小さな駅舎、そこに向かってコトコト走る1両の車両、可愛くて幸せな気分になる。

 

ただ、線路に沿って広がる田んぼがきれいな矩形てのが、やっぱり農村を知らない都会育ちの人だなって、苦笑してしまうけど。

山間の田んぼはこんな風に区画整理されていないし、棚田が当たり前なんたけどね。ラフデザインもらった時に気づいちゃいたんだが、この正方形の広がりも、ひろびろ伸びやかな田園風景で悪くないかな、って思って、直しをもとめなかった。

やっぱり、これで良かったんだな。

 

裏も同じデザインを淡くバックにしていてこれも明るい色調なので、小さい文字ながら見やすい。でも、視力が衰えがちの年寄りには、フォントサイズが小さいし、フォントも細文字でやや辛いかもしれない。すべて同じフォントというのも、書類っぽく単調で固い感じがするなぁ。これじゃ関心のある人しか読まないんじゃないか。

菜の花座のお馴染みさんは、出演者同様、高齢者にシフトしているので、そこいらは、次回は気を使ってもらいたいところ。制作さん、覚えておいてね。

あらすじは、書いた本人の反省、ちょっと長すぎだよな。細かいことまで書きすぎてる。脱字もあるっし。

<廃線が噂されるローカル線の小さな駅。駅舎の隣には狼を祀った社がある。長らくそこに住まう巫女は白オオカミの化身とも言われ、愛結びと呼ばれる不思議な霊力を持っている。

父の遺灰を撒く場所を探して訪れた男やら、ぶらり訪問のアラフォーユーチューバー、バズリネタ欲しさに突拍子もない男と結ばれたり、10年も駅舎で意中の人を待ち続ける老女は不思議で切ない青春物語を持っていた。

時を行き交い、人々が旅立ち帰省した駅。

居場所なく大神社に救いを求めた人たち、過去を清算しつつ今を生きる人たちと縁(えにし)が、笑いなかにしみじみと今蘇る。>

チラシにそのまま使ってもらうなら、もう少しわかりやすく、しかも興味をそそる書き方にしなくっちゃ、覚えておけよ、俺。

 

などと、今更チェックいれたって遅いってえの!

ともかく仕上がった。

さぁ、ポスターを貼りに歩こう。チラシを配りに行こう。チケットを売ろう。

大台の観客動員300人超えを目指すぞ。

だって、この芝居面白いんだから。

”弱者”はどこに?

リベラル叩きてのが、売りになってるみたいだな。

ネトウヨや権力追随の言論人はもちろん、これまでリベラル風味で儲けて来た知識人たちも、賞味期限切れたから、みたいに、別製品の売り出しに向かい始めてやがる。

 

蓮舫が<弱者のための政治>って言い始めたのが、リベラル衰退の始まりだってよ。

そりゃ上から目線にゃ違いないけど、まるで弱者なんていないかのような発言にゃまいるぜ。

白井聡なんて、ばかの一つ覚えみたいに、「配るなら取るな」って絶叫してて、これって中流上階層の思い、自分の周辺、ってか、自分の懐具合しか見えなくなっちまってるからな。

こちとら、カスカスの年金暮らし、所得税免除だが、苦しさ日々いや増し、貯金が底つくのも時間の問題、大いに配って欲しいって願ってんだぜ。まして、

年金だけじゃ明日にも干上がるって、辛い体に鞭打って、交通整理員とか、ごみ収集とか、炎天下の肉体労働に耐えてる年寄りたくさんいるんだぜ。

子供には食べさせて、自分は食抜くってシングルマザーとか、さまざま障害抱えて悩み苦しんでる人たちとか、

見えてねえだろ、こういう下層の民草が。これら、弱者じゃねえのかよ。

なにが、<弱者>なんていねえ!ってんだよ。

 

知識人なら、視界をもっと広げろってのよ。

取るなってなら、消費税廃止!だろ。

給付金だって必要だ、8万円給付を打ち出した公明党の方が、よほど世の中見えてるぜ。ただなぁ、

 

見えにくくなってんだよな、日本の<弱者>、メディアは中以上の暮らしぶりしか伝えないだろ、街中の声聞きました、って相手、買いものとかで出歩いてる人らって、そこそこゆとりあり!層だろ、陰で必死で働いたり、じっと家にこもって節約暮らししてたりする人たちの生声、拾ってるわきゃないだろ。

新聞は、相変わらず、海外ツアーなんかの宣伝に紙面割いてるしな。

テレビも暮らしの工夫で乗り切ろう!じゃなくて、夕方6時過ぎのスーパー総菜売り場に群がる人たちの姿を追えよ。スーパー高くて、業務スーパーに流れる主婦たちの声を拾えよ。

修繕もままならぬ古住居で肩寄せ合ってつましく暮らす高齢者ばっかって田舎の現実、伝えてるか。廃屋だらけの様子見せているか。

 

で、こういう人たちは、声上げなかったり、選挙行かなかったり、行っても自民党に投票したりして、自分の首を絞め続けてる。

これが日本の<弱者>なんだぜ。

 

会田弘継が『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』(東洋経済新報社)の中で、格差の拡大とエリート層の支配に、見捨てらた没落した白人中間層が反乱を起こしたことが、トランプ勝利を支えているってことを、アメリカの保守思想家たちの発言を丁寧に辿りつつ、解き明かしてくれている。

 

格差の愕然たる拡大と、エリート層の支配って構造は、世界的な現実だ。踏みつけにされている<弱者>は日本にだっている。ただ、可視化されにくい状況にあるってことだ。

 

フランスじゃ、教育環境の貧弱さに頭来た高校生の抗議活動に同調して、物価高や生活苦を不満募らす55万人もの人々が街頭に繰り出してる。

 

それら<弱者>のためという発想が切り捨てられていいわけがない。いや、のため、はダメだ、たしかに。彼ら、俺ら自身が、声を上げ、立ち上がることなんだ。

それはわかっている、だが、その<弱者>の自発性、はどう生まれて来るのか?

古く、新しい日本の難問なんだよ。そこから逃げる知識人なんて無用どこか、寄生虫でしかないぜ。

やっぱり、今年は暖かい!

昨日もみ殻運んで、今朝から点火、燻炭作り。

ちょっと焦ってたんだよな、11月になると、風強くなって、火を点けるのは怖いから、天候穏やかな10月中にって。

育ちが思わしくなく、心配してた玉ねぎの苗も、なんとか移植できる大きさにおがって来た。

サツマイモの収穫跡地も大量の茎葉をのけて、耕した。もちろん、堆肥も入れ、もみ殻糞尿堆肥も撒き、ぼかし肥料、ミネラル分も散布してからね。

午後から数日は雨だってことだし、それ明けたら植え付けよう。

ついでに、ポットのまんまほったらかしていたキャベツの苗も、なんか元気だし移植してみるか。畑も秋仕舞いの雰囲気じゃないのよね。

 

ダメだぁ!って悲鳴上げた赤かぶも、あれっ、小さいながらカブになってきてるし、同じくぴんぴん虫にやられて穴だけだった茎たち、山形青菜、小松菜も緑の葉が新たに出て来てる。そうだ、今朝はキュウリだって収穫、今頃キュウリだぜ!したしな。こんな秋は初めてだな。

 

やっぱり暖かいんだよ、今年は。

その証拠の決定版!

まだストーブを焚いていない!

いつもだと、今頃にゃ強い冷え込みあって、朝や夜は耐えきれず、初焚きってなるのに、今年は、まだつけずに済んでいる。別に我慢してるわけじゃないよ。

夜は確かに10℃以下になったりしてるんだが、昼間の暖かさが家にこもっていて、ストーブなしでも縮こまることみもなく、震え上がることなどさらになく、過ごせている。

 

そういやぁ、初霜もまだだった。

いつまでも暖かい秋、こういう形で温暖化が進んで行くんだな。

韓ドラ『オクニョ』の魅力

このところ毎日2話ずつ見てるんだけど、まだ30話、完結まであと21話もある。楽しみ、でも、先は長いぞ。

 

見終わってから感想書いてたら、時々の印象が失われるから、ってすでに一度上げておいた。『脇役のキャラが凄い』taowatarukaze2014.hatenablog.com/entry/2026/10/09/084220

いいなぁこの役!って気に入った四人の脇役について触れておいた。先見の明あり、その後重要な役どころとして活躍してる。

 

今日書き留めておきたいのは、設定の巧みさってことだ。

基本構造は、王室の権力闘争、まっ、朝廷ものじゃ定番、よくある話よな、そのありきたりさから抜け出せているのは、舞台の中心が典獄署=監獄だってことだな。

ともかくいろんな囚人がいて、主人公オクニョを手助けしてくれる。まるで人材派遣会社の役割、いやそんなレベル超えて、宝箱!オバQのどこでもドアの人材版だぜ。

 

ヤクザはもちろん、掏りはいる、詐欺師はいる、金庫破りはいる、今だって当たり前だよな。だが、朝鮮王朝時代の監獄となると、政治犯の優秀なスパイはいるし、反逆の学者もいれば、医者だっている。

 

オクニョ自身も優秀なんだが、これら異能の者たちの手助けは大きいよ。掏りは大切な情報を抜き取ってくれるし、両班を装う詐欺師は敵方を見事欺く。疫病の虚偽を暴くのはムショ帰りの医者だし、オクニョを武術の達人に鍛え上げるのは長年地下牢に閉じ込められていたスパイだし、学識を与えたのは、反骨の儒者だ。

単に様々な才能が手に入るってだけじゃない。

社会の吹き溜まりのような場所から、それらの能力が立ち現れて来るってところが、重要なんだ。監獄って庶民の暮らしと地続き、クズと見なされた者たちが、活躍する、この痛快さがいいんだよな。

 

しかも、この監獄!今時の常識とはかけ離れてる。

街中、それも市のような繁華な場所にあって、やたら開放的なんだ。いかめしさとか、厳重な閉塞感なんてまるで縁遠い。一応、門番もいて、出入りはチェックしてるようなんだが、出入りはほぼ自由!?いや、さすがに囚人はそうはいかないが。実際、すぐに入獄させられたかと思えば、あっけなく出されたりする。監獄の役人さえ、出たり入ったり、いい加減!とも言えるけど、この融通無碍、開かれた監獄って設定が、とても効いてると思うのよ。刑務員の汚職は当たり前、面会、差し入れも金次第、囚人の代役・入れ替えもあり!って、なんでもありで笑っちまう。

 

ドラマにしろ芝居にしろ、物語り作る時、どこに舞台を設定するか?これに大いに頭を悩ますわけで、動かしたい人物たちやその関係を引き出す状況設定がある意味、作品の出来を致命的に支配するんだ。その設定一つで悲劇も書ければ喜劇にもなる。嘘臭くもなれば、リアルに迫って来ることもある。ストーリーが生きて来るのは、まさに、この舞台設定なのさ。

 

その類まれな成功例が、この『オクニョ』の開かれた監獄なんだと思う。

待ってくれない農作業

想定外だよ、マラソン走って入院2日なんて。

翌日は我が家最後の脱穀、満月モチと黒米朝紫の脱穀の予定だったのに、どうするよ、ハーベスタは知人と共有、こっちが終わるのを待ってる状態なんだ。

 

さすがに退院当日は自重、自宅療養したけど、翌日は逃すわけにゃいかない、大した杭の本数じゃないし、頑張っちゃおう。

 

夜露が乾いた10時過ぎ、作業開始。午前中にモチを済ませ、一旦家に機械を持ち帰って内部に残ったモチ米粒を掃除して、午後から黒米。この手間があるから、黒米なんて誰もやりたがらない。

相変わらず、結束部か不調だったが、なんとか宥めすかして脱穀完了、ったって、稲わらや杭の片付けとか、機械の掃除、今度は黒米粒を外に吐き出させる、なんかあって、結局夕方まで、ほぼほぼ一日働いた、さすがに、疲れた。

 

だからって、翌日は休養!ってわけにゃいかんのさ。

 

まず、トラクター引っ張り出し、米作りすべて終わった田んぼの後うない。イネのひこばえが育ちすぎで埋めてしまいたいってことと、トラクターを外に出して大豆の乾燥はさを設けたいってことだから、さっさと済ますしかない。

 

午後、まずは茶大豆の収穫、この品種とっても脱粒しやすいから、時期を逃せない。腰を屈め引っこ抜く作業、たった4列でも、根張りが頑健で、よっこらさ!うーん、腰に来たぜ。

 

ここらで終わりにしたいところだが、夕方から雨降るって、仕方ねえ、サツマイモ掘っちまおうぜ。来週は冷え込み予想、初霜でも降れば、いっぺんに葉が霜げる。ここも頑張っちゃおう。

高温多雨の夏、葉っぱの茂り方、半端なく、

本当なら全部取り去ってから掘りだしたいところだが、芋の周囲のみ茎葉を取り去り、収穫。ちょっとでかくなり過ぎかな?でも、まぁ豊作ってことで。

さらに翌日は黄色大豆の収穫、なんと10列も!それも一人で。味噌や醤油を自家製大豆で作ってるから、この量になる。腰はもうぱんぱん!いいのか、入院上がりでこの重労働、でも、仕方ない。

 

そして、今日、サツマイモ跡地に玉ねぎ植えるから、残した茎葉を取り除き、堆肥、肥料、もみ殻堆肥、ミネラル資材等撒いて耕耘だ。終わったら、サトイモ堀りもする予定。さらに、薪割りも・・・

 

と、まぁ、忙しい休養明けなんだぜ。だってなぁ、明日から1週間近く雨降るってよ、寒くなるってよ。ふくら脛、攣りそう!なんて言っちゃおれんよ。

農家の秋は、追われる季節なんだからさ。

怯えて、舞い上がって、そして地獄!南陽さわやかマラソン記③

「今日は泊まりましょう」

えっ、何言うてんの、この医者!たかだが痙攣ごときで入院って。

「嫌です」決然と。

救急治療室に搬入されてすでに1時間、点滴続けてきたせいか痙攣も収まって、あとは疲れを取ればいいだけ、家で休養でいいだろ、なんで入院すんの?!

その場は、尿や血液の検査結果を見てからってことになったが、なんだよ、患者入院のノルマでもあるのかよ、って疑っちまったな。

点滴ばかりか、尿管にまで管差し込まれて、おしっこ採取、おいおい、まだおしめする歳じゃないだろ、なんて言うわけにもいかず、ズボンパンツ脱がされて、有無を言わせず、痛ぇぇぇ!

 

そりゃ確かに、無理に無理重ねて21.9キロ走り切ったせいで、極度の脱水症状起こして、それが強烈痙攣いに繋がったってご指摘は、ごもっとも。うん、確かに水分補給少なかったよ、途中の給水所じゃ数か所でスポーツドリンク2口、3口飲む程度だったからなぁ。でも、俺って昔の人だから、運動時は水飲むな!の教えが染み着いちまってるのよ、実際、飲まなくても乗り切って来れたし、これまでも。

 

が、実際、この激痛に襲われてみて、やっぱもっとがぶがぶ飲んでおきゃよかったと反省しきりなんだが、レース中のトイレ恐怖てのもあったからなぁ、それでなくても頻尿傾向なのに。

 

排出された尿の容器見せながら、

「ほらぁ、これっぽっちしか溜まってない」

って、そんなもん当人に見せびらかすなよ。

「これ、腎機能が落ちてる証拠、やっぱりお泊りね」

急性腎不全!勝ち誇ったような医者の宣告に、返す言葉とてなく、しぶしぶ人生初の入院となった、トホホ。

 

点滴のチューブ腕に差しつつ、ちんちんにゃ尿採取管、その先はプラスチックの保存容器これもくっ付けて、入院病室に移動、たった2本の管だが、なんか、人口栄養で生き延びる重病人の気分だな。

なんたって、この採尿管の違和感ってないぜ。まるでしっこしてる気ないんだが、これで膀胱から流れ出てるんか?見ればたしかに溜まった尿の量は増えている。やれやれ、こんなのいつまで付けておくんだよ。どうやら、夜中もこのまんまみたいだぜ。

 

腎臓病患者用の塩分控え目、いや、濃い味好みの俺としちゃ、まるで無味な夕食無理やりかっこんで、やれやれ、この腹部の違和感と筋肉疲労とお付き合いしつつ夜を過ごすのか。

全身不快、それでも疲れには勝てず、浅い眠りで朝を迎えた。

 

「おしっこの管抜きます」

えっ、若い看護師姉さん、あんたやるの?俺のちんちんから?

初の患者体験、患者と医療者の関係が納得できてねえからなぁ、なんて思い悩む暇もなく、あっという間に引き抜いちまった。

「おしめの着替えどうしますか?」

「えっ、あ、後で自分で」

って答えるのがやっとだった。

 

やれやれ、違和感どっぷりのおしっこ管から解放されて、あぁ、なんと爽やかな気分なんだ!さて、退院の時間は?

と、待っていたら、主治医の兄ちゃん、顔出して、血尿出てるし、壊れたたんぱく質の破片も出てるから、もう一日入院ねってまたもや嬉しそうに言い置いて行きやがった。

もう、休養と諦めるしかないな、すべては医者が握ってるわけだしな。神さんに届けてもらった充電器でスマホ復活したから、韓ドラ『オクニョ』でも見ながら過ごすさ。

 

が、この気楽に入院療養1日が曲者だった。

点滴ぐらいなら我慢するぜ。なんて、浅はかだった。自然流下式の排尿が無くなったってことは、自分で出すってことだ。どこで?トイレで!

新たな拷問の始まりだった。

だって、500mlの点滴大袋?次から次と切れ目なくぶら下げやがるんだもの、そりゃ出るは、おっしこ。1時間おきのトイレ通いが40分ごとになり、ついには20分に一度になった。尿意をもよおすたびに起き上がりベッドからはいずり降りて、隣のトイレに点滴スタンド引きずりながら、そろりそろりと歩み入り、排尿、その合間に寝る!?しかも、ただ出すだけじゃない、備え付けの計量カップで尿量計って、記録しろってんだ。

真っ暗な夜中に、どうやって記載しろっての。トイレから出て来るたんび、スマホのライトをオンにして記入、終わればそろりとベッドに横たわりうとうと。

なんと、記録用紙にゃ15回以上のトイレ通いが記録されてたぞ。

 

眠りに落ちては尿意に起こされる、地獄の一夜が過ぎて、もう勘弁だ!これ以上の点滴は拒否するぞ、って思ったところで言いだすわけにはいかず、朝の先生顔出し。

「うーん、まだ、血尿混じってるしぃ・・・」

って、なんだよなんだよ、もう一晩なんて言うなよ。

「腎機能の値とてもいいから、退院で」と、にやり。

あんた、俺のことからかってるな。が、まぁ、退院なら許す。

 

普通患者用の食事、うん、これなら美味くはないが、我慢はできる、って贅沢してたのか、俺の食生活?シャバの暮らし?健康っていいなぁ、改めて実感したぜ。

 

10時の退院まで、さらにもう一話『オクニョ』を楽しんで、迎えの神さんとともに退院手続き完了。うん、こうやって世話してくれる人がいるってこともありがたいことだ、おひとり様だったら、どうすんだろう、入院中の日常品やらの補給とか。

 

支払った経費も含め、そこかしこ不自由をしのぎつつ治療、入院を続ける患者さんたち、それを支える家族、大変だなぁ。こりゃ絶対、医療自己負担の増額なんて認めちゃなんねえよな、ついでに言うなら、救急車が無料ってのは、素晴らしい制度だって感心したぜ。呼ぶかと問われた時、一瞬、救急車有料のアメリカを思い浮かべて、躊躇しかけたもの。

 

さまざま検査されて、どこかしら引っかかるんじゃないか?って不安は夫婦ともどもだったが、幸い、血圧も心臓も糖尿も異常なし、腎臓は元気、それもこれも走ってたからなんだけど、さて、この先どうするランニングは?

怯えて、舞い上がって、そして地獄!南陽さわやかマラソン記②

ううっ、いかん、前に踏み出しふくらはぎが激しく痙攣、動いちゃならん、反対の足にも伝わるぞ!かと言って、このままでは・・・あぁ、ダメだ、両足ともに激しく引き攣って来た。

楽な姿勢だ、気持ちを和らげて神経を宥める、それしかない、って、それができないんだってば。四つん這いか、これで片足ずつ、後ろに引いて縮み上がった筋肉を伸ばしてやる。

うわっ、かえってひどくなってきた!ふくらはぎどころか、腿の筋肉も収縮して、見るからに変形している。マッサージ!そぉーっと、擦ってみるも逆効果、あぁ、ダメだ、この姿勢も保てない。

 

体育館の床にザックを抱えるように寝転がる。ううーっ、体をどう向けたら楽になるんだ?勝手に縮み上がる筋肉と筋を宥めすかすが、どう姿勢を変えりゃ許してくれるのよ。ごめん、たしかに使い過ぎた、過重労働だった。

 

辛すぎる!必死になって呻きを飲み込む。試しだ、仰向けに寝てみた、が、ダメだ、ぴくぴくブルブル、まるで吊り上げられた鰹状態か?

 

近くで休んでいた二人連れが傍を通り過ぎて行く、おい、この苦痛にのたうつジジイに気づかんのか!見て見ぬふりか?助けを求めるか?いや、まだ20分、前回の例から後10分も我慢すれば収まってくるはずだ。耐えろ、気持ちを楽に持って、別のことを考える、例えば参加賞にもらった白ワイン甘口とか、無理だって、頭の中も激痛が駆け回ってるんだ。

 

そろりそろりと体勢を変えて、回復の兆しを探す、が、すぐに激痛が下半身を覆いつくす。こりゃダメかもしれない、自慢の自然治癒力の範囲を超えちまったようだ。ますます酷くなる。

 

体育館にはもう2グループくらいしか残っていない。隅の血管年齢測定チームも和やかに撤収に掛かってる。おおい、体調維持目的の係なんだろ、中央でのたうちまわってる年寄りが見えんのか!明らかにおかしいだろ、中央で蠢いてる老人って。

 

あぁ、最後のグループが帰りかけてる、声を掛けるなら彼らにしかない。いや、なんとか自力で、うーん、とても収まりそうもないこの筋収縮!

「すみません、お医者さん呼んでくれませんか」なんて弱弱しい声なんだよ、みっともねえ。

 

ようやく気付いた若者たち、寄って来る、声かけてくける。何人かは連絡に走ってくれた。

スタッフが来る、その間1分弱か?早く来いよ、めちゃめちゃ長いぞ、

「どうしました?」って決まってんだろ、いや、決まっちゃいないか。痙攣がひどくって屈辱に耐えつつ伝える。

「救急車呼びますか?」

あぁ、そういう流れか、大会に詰めてる医者っていないのか?足の痙攣なんてマラソン大会なりありきたり、薬とか注射とか、この場で効くものないのかよ。

と、なりゃ、「お願います」しかないよ、この激甚痙攣にゃ。

 

スタッフの男性二人、担架を持ってきて、俺を上に移動させて、「うわっ、重い!」何抜かす、50キロちょいのジジイだぞ、非力な若者め、っと突っ込みたかったが、迷惑掛けてんのはこっちだしな。

 

救急車の来るまでの数分、これが一番つらかった、今にして思えば。いやいや、救急車の中もかなりのものだ。こんなに揺れるもんなのか!?車がガタつくたびに痛みがいや増す。救急車ってノンストップ、ぶっ飛ばして行くもんだって思ってたが、遅いこと、遅いこと。もちろん、隊員二人も痙攣患者なんて初めてだよな、どうしていいかわからん様子。足の痙攣ごときで呼びやがって、って思ってんだろな、俺もそう思うよ。頭を上げてもらってどうにか痛みが少し和らいだ。

 

あぁ、こうやって、事故や急病で搬送される人たちは苦痛にのたうって病院到着を心待ちにするんだな、この気が気でない感じ忘れないようにしよう、とか、韓ドラの『ドクターサブ』の救急患者のシーンなんか思いだしてた、って、余裕じゃねえか、って、違うのさ、次々にあれこれと情景や思考が飛び過ぎて行くだけなんだ。

 

こんなに遠かったか?南陽から置賜総合病院まで!早く着け、なんとかしてくれこの激痛!

着いた、おぉ、『ドクターサブ』の世界!顔をゆがめて、緊急患者を装う、でも、全然違うじゃないの!患者をベッドに移す手際とか。

まっ贅沢?言わない、この激痛地獄から救い出してくれる神の手の方たちだ。頼むぜ、注射の一本とか打ってくれぇぇぇぇ。

つづく