まぁ、日本じゃ受けないだろうな、平日の午後上映だったけど、観客は10人弱。山形だし、ってことを差し引いても寂しい。

明治の元勲伊藤博文の暗殺を描いた映画だからな。
伊藤の評価は様々あるだろうが、日本初の憲法発布に尽力した男だし、維新の志士第一世代の偉業を引き継ぎ、日本を近代国家に押し上げた功労者の一人だ。芸者を正妻に据えたってことでも、隠れた人気はあるかな。
主人公の安重根(アン・ジュングン)は、日本の歴史では、一介の暗殺者、テロリストとしてしか扱われていないしな。

暗殺という政治手段が、昨今の日本人の価値基軸では最低レベルに近いという面もある。殉国の英雄とする韓国の人たちの感覚自体相いれないだろう。
この作品が、韓国内で大ヒット、国民的絶賛を浴びたとなれば、なおのこと、日本人は引いてしまう。
安重根が賞賛されるってことは、日本人の過去の行いを否定的に断定されるってことだから、植民地支配さえ韓国の近代化に役に立ったとみなしたい、歴史修正志向の者たちには、絶対に認められない映画ってことにもなる。
もっとも、そういう人たちは、見るはずもない、って言うより、視線の片隅にも入らないだろうけど。
ここいらまでは、だれもが思い当たる、日韓の隔たりってことだが、
もう一つ、日本人に理解不能な両国の隔絶ってものがある。
それは、国民的物語が韓国では成立し、日本では成り立たないという相違だ。
この国家の存立危機を脱するために、半端ながらも融和的政策をうったり仮想敵をでっち上げて、民心の統一を図ろうとする。国家は一つ、この幻想のもとに集約しようと試みる。
その国家への統合策の一つが、国民的物語を持つことなのだ。国民誰もが、納得し、満足する物語を持つこと。
『ハルビン』は、まさにこの国民的物語そのものなのだ。だから、絶大の支持を受け、熱狂とともに迎えられた。他にも幾多の映画、ドラマがこの物語をなぞるように制作されて来た。
国語を守り抜く言語学者たちの必死の抵抗を描いた『マルモイ』や、東学農民戦争の『緑豆の花』、その後を継ぐ義兵たちの活躍を元にした『ミスター・サンシャイン』などすぐに浮かんで来る。
韓国にはもう一つ大切な物語があって、それは民主化を自らの手で成し遂げたという歴史的事実の共有だ。
『ソウルの春』は昨年、韓国内で大評判となったが、他にも、語り継がれ、名画としてリストアップされる作品は上げればきりがない。
つまり、韓国という国は、南北対立という苦い歴史も併せ持ちつつも、国民が一つになれる物語をしっかりと持っているということなのだ。
で、日本はどうだ?
ない、どこにもない、かつて熱狂的に一体化できた国体の物語は、もはやごく一部の復古主義者に共有されるのみだし、民主主義も憲法も付与されたもの、戦い取った輝く歴史は持ち合わせていない。平和国家としてのここまでの戦後史も、普通に軍備を整えたい支配層からの評判はすこぶるよくない。
保守と名乗りたい人々は、天皇を主役とした物語の復活再演に期待をかけるが、その古臭い物語に固執を見れば、反発して遠ざかる人たちは、物語そのものに嫌悪感を抱いてしまう。国家に統合などされたくない、物語に取り込まれることなど警戒すべき動きだ、ということだ。
この対立は、戦後80年、ずっと鍔迫り合いを続けて来たし、この先も決着はつきそうにない。
つまり、日本で国民的物語を欲する人たちは、韓国の独立の物語からは目を背けていたいし、方や物語そのものに魅力を感じない人たちは、『ハルビン』を何か怖いものとして遠巻きに見るばかりなのだ。
映画.comの評価2.9!平均以下の低評価の理由はここにある。
見たくない史実、理解できない隣国の熱狂。
なにかとても残念な気もしないではない。一つの物語の共有によってつながりたいとの思いは心の底にうづいている。
でも、見方を変えよう。物語のないことは、必ずしも悪くはない。暗殺や戦争など暴力的対決と、解決手段を厭い続けることができるなら、辛うじて平和を保ち続けられるかもしれない。
少なくとも、他者を押しのけたり、貶めたりして描かれる国・民族の物語よりははるかにましに違いない。
この空虚さに耐えきれず、昔に帰れ、日本すごい、日本人ファーストの声が声高に上げられる今、敢えて物語を拒否する姿勢は大切なのかもしれない。