地元川西の日本舞踊藤柳流、発表会、今年もビデオ撮影担当だ。
お世話になってるからねぇ、会主藤柳美香次さんにゃぁ。菜の花座にも出てもらったし、何より、置農高演劇部、指導いただいて舞踊7~8曲は振り付けしてもらった。
これにダン数曲、それとコントをレパートリーにまとめて、演歌ショーって舞台作って、老人ホームや施設回った。なんと東京遠征までしたんだ。
置農高演劇部の活躍もそれが力になって、高校演劇大会でもそこそこの成績を収め続けている。うん、今年も県大会出場だってことだしね。ただ、少子化と趣味の多様化の影響で、部員の方は減り続け、今やなんと2人になっちまった。
貴重な生き残り?失礼、がなんと日舞発表会のスペシャルゲストで登場したんだ。
さすが、2人となってはもう伝統も途絶えてるよな、って思い込みがいっぺんに吹き飛ばされた。

いやぁ、元気、元気!さすが2人で県大会出場勝ち取っただけある。藤柳美香次さんに教えてもらった『浪花節だよ人生は』に始まり、かつて先輩たちが遠征の宿でアイディア寄せ合って振り付けた『ひょっこりひょうん島』のテーマ、それに隣町のエンターテイナーまちゃあきさんに指導してもらった『よさこいソーラン』となんと3曲も踊り切った。
ちょっと、涙もの!
退職して演劇部から離れてから13年になるってのに、20年前に仕込んだ舞踊・ダンスがしっかりつながってたんだもの、そりゃ感激だぜ。当時部員たちでミシン踏んで作った衣装はさすがに着てなかったが、デザインは引き継いでいたしね。
10分を超す演舞見ながら、会主との出会いのすばらしさ、ありがたさをつくづく思ったね。あの時の熱心で無償の指導がなければ、置農高演劇部のあのエネルギーは生まれて来なかったろうって。当時、老人会はもちろん、地域や町の文化祭じゃ引っ張りだこだったし、1日に2回所で舞台踏むほどの売れっ子ぶりで、どこでも大喝采を浴びた。あの充実感、そして、地域に役立ってるとの思い、それが運動部を超えるようなハード活動を乗り切らせたんだと思う。
地域で地道に芸道を守り、それを惜しげもなく生徒たちに注ぎ込んでくれた藤柳流の人たちの若者を育て、地域文化を花開かせる熱意がなければ、今もこうやって、舞台に立っていることもなかったろう。
もちろん、高校生2人、大喝采のうちに踊り納めた。
ありがたいことだ、そんな人たちが11年も発表会を続けている、

これって、昨今の地域文化の衰退の中にあって、ある意味、奇跡なんだと思う。そんな稀有な力が乗り移って、高校生も部員減少の中でもやる気を失わずに済んだってことだ。
誰かが、続けなくちゃならんよな。
頑張って、繋げなくちゃ何もかも失われていくんだ。
挨拶で12回、13回と会を重ねて行くと意欲を述べた会主、一般の認識からすればかなりのご高齢、それでも、舞台に立てば、美しく、凛々しく、見事な絵になるのだ。
これが、打ち込んで来たものの凄さってものなんだと思う。