ステージおきたま

劇団と農業と韓ドラと、そして、世の中に一言

主役3人が殺人犯って!韓ドラ『サムシクおじさん』

韓国の映画、ドラマって歴史、それも近現代史を果敢に題材に取り込むよなぁ。それだけ、現実が波乱に富んでいて、切実にして興味深いからってことだろう。

 

植民地時代の反日独立闘争から、解放直後の政治的混乱、悲惨な朝鮮戦争、その後の軍事独裁政権とそれに対する民主化闘争、去年の(ユン・ソンニョル)のクーデター未遂事件まで、常に社会が大きく揺れ動いている。

 

その現場では、様々な立場、意見の人たちが、止むに止まれず、あるいは勢いに流されるように、行動し、対決し、目指す目的のために、死を賭して戦ってきた。映画やドラマが見逃す手はないよ。

 

民衆の抵抗運動と言ったら、60年、70年の安保闘争と、反合理化労働争議、敢えて言うならその程度の戦いしかなく、政党政治の面白くもないせめぎ合い、飼いならされた人々の政治無関心がそれを支える構図の日本とは大違いだよな。

もっとも、それが平和ってことでもあるんだが。

 

そそるられる題材の宝庫だとは言え、歴史として未だ確定していないような史実にも果敢に挑戦する制作陣の意欲、大胆さ、執念にはいつもながら驚かされる。

 

昨年話題になった『ソウルの春』なんて、主役の全 斗煥(チョン・ドゥファン)の名前を一文字だけ変えて、ストーリーはほぼ史実をなぞる形で1979年のクーデター前後を、息詰まる迫真さで描き切っていた。

 

昨年ディズニー+から配信になった『サムシクおじさん』も史実の真っ只中に飛び込んで、大胆なストーリーを展開している。以下、ネタバレありですよ、要注意!

李 承晩(イ・スンマン)晩年期、強引に狙った大統領四選、それを強引押し進める側、必死でひっくり返そうとする側、さらには新な社会をクーデターで実現しようとする者たち、激動期の裏側を巧みな創造力で比類なき物語に仕上げた作品だ。

 

主人公は4人、中心となるのは、奴婢身分から財力を蓄え、三食無事に食べられる社会の実現を目指すサムシクおじさん。政界に取り入り、政治家、実業家どもを手玉に取りつつ裏技で可能性を追い求める。

サムシクおじさんが、韓国経済の将来を託せると惚れ込んだ内務省官僚から転身した政治家、キム・サン。

キム・サンの対立者として、政界の主流にすり寄り、李 承晩(イ・スンマン)四選の立役者となるも、不正選挙が暴かれ、窮地に追い込まれるカン・ソンミン。

革新党の党首チュ・インテの娘で、キム・サンの恋人のチュ・ヨジン。

主人公を4人と絞れば、この4人を上げるのが妥当かな。

 

でも、大切な人物として腐敗分子の暗殺による社会正義の実現を目指す秘密結社信義社のリーダーチャ・テミンを上げるのが俺流だ。

 

15話もあるから、様々な人物が陰に陽に活躍してそれもまた、面白いのだが、

この作品で一番に腹にずしりと残ったのは、

サムシクおじさん、カン・ソンミン、チャ・テミンの3人は、すべて殺人を犯しているってことだ。それも、行きがかりで、とか、誤ってなどではない。明確に狙い定めて敵対者の命を奪っているんだ。つまりは、暗殺者!

 

サムシクおじさんは少年期、一生食うに困らないアンパンと引き換えに主人を殺したのを皮切りに、政治的暗殺の実行をためらうことがない。理想社会の実験を邪魔建てする者は容赦なく殺す。時代劇並みの苛烈さだ。

 

若き日、正義感に燃えて信義社を組織したものの、長じて志を曲げ、保守政治家となって、邪魔となる先輩政治家を爆殺するカン・ソンミン。信義社の綱領そのものが、血盟団的、必殺主義にのだ。

 

暗殺結社の首領、チャ・テミンは政治ゴロを殺すさ中、誤って革新政党の党首も殺す。さらに、信義社の裏切者、カン・ソンミンを射殺して、自らも命を絶たれる。

 

どうだい、殺しを必要悪と割り切る3人が中心になって物語を進んで行く、そんな映画、ヤクザものやギャング映画以外にあるか?三人もだぞ。

 

自国の経済発展計画の実現に邁進するキム・サンにしても、夢実現のために、党を裏切り、恋人と別れ、ついには、クーデターを起案して、総理大臣の襲撃直前にまで行くってしまう。迷いつつの決断としても、韓国社会の経済的発展のためには、卑劣な手段にも飛び込んで行く。

 

誰もが、ウソをつき、策略で相手をはめ、いささかの躊躇もなく、クーデターにも突っ込んで行く。ニヒルな表情など縁遠く、悔悟などすることもなく、淡々と、目的に向かって歩み、走り、闘い、殺す。

 

国の改革、革命など、きれいごとでは行かない。そんな過酷な現実を重厚なドラマとして仕上げた。

 

韓ドラあるあるの正義の主人公と悪辣な敵方などという善悪二元論なんかと程遠い、理想を求める者たちの苦く、痛ましい行動の有様が、暗い映像の中に浮かび上がる。こんなやり切れない世界を創造する制作者たちの情念に近寄りがたいものを感じたが、それこそがこのドラマから得た一番の衝撃だった。

 

が、

 

その後、ある本を読んで、見方が大きく覆された。

『分断80年』、在日3世で韓国在住のジャーナリスト徐台教が、1945年の解放から、昨年末の(ユン・ソンニョル)による非常戒厳の失敗までの80年を、対立と弾圧の連続として辿った本だ。

 

『サムシクおじさん』の時代(1959~1960)の前には、朝鮮半島全土を焼き尽くした朝鮮戦争があり、この非情な戦いの中、300万人もの同胞が互いに憎しみあいつつ殺しあっていた。

さらに、その前、大韓民国、朝鮮民主主義共和国の成立をめぐる前史として、朝鮮の独立、民主国家樹立の方法を巡って熾烈な戦いが繰り広げられ、その過程は、虐殺と暗殺の歴史でもあったということを、この本から教えてもらえた。民主統一派のリーダー呂運亨も民族派の金九も暗殺者の銃弾に倒れた。当時、暗殺はありきたりの政治的手段であったということだ。

 

そう、決してドラマの作者たちの創造力が描き出した暗黒ではなかった、その当時の酷薄な現実を丁寧になぞりつつ、仕上げた物語であったということだ。

 

このような苛烈な過去をつい70年前に持っていた韓国社会!韓ドラでも韓国映画でも、場合によってはK-POPでも、その暗く辛い歴史を背負っているってことを頭の片隅に潜めつつ、接して行くことが必要なのかもしれない。